Fuji-Do Rock Festival › ☆Fuji-Do Rock 軌跡 › FDR史 第1章 関東一の規模を誇る鍾乳洞「不二洞」
2013年06月20日
FDR史 第1章 関東一の規模を誇る鍾乳洞「不二洞」
約1200年前。
上野村の大福寿山は原生林が密生し、さまざまな獣が住み、猿撃場という断崖を多くの野猿が餌場や遊び場としていた。
山中へ入った村人が、ある日、猿たちが集まり騒いでいるのを不思議に思い、近寄って見ると、そこには小さな穴があいていた。
その穴を猿が取り巻いていたことから庚申の穴と呼ぶようになり、鍾乳洞が発見された。
それから数百年、洞窟を探索した者もいたが、洞内はあまりにも大きく複雑であったため、成功した者はいなかったと言われている。
そして約400年前、中興開山上人の僧が初めて最奥部まで足を踏み入れ、この洞窟を世に広め、二つとない複雑な鍾乳洞から「不二洞」の名が付いたと言われている。
洞内の総延長は約2200メートル、関東一の規模を誇る「不二洞」は、大石柱のそそり立つ大殿堂や、やっとくぐりぬけるような小さな支洞が無数にあり、光に照らし出される奇観をくぐり抜ける、上野村の観光名所である。
[不二洞]
上野村の大福寿山は原生林が密生し、さまざまな獣が住み、猿撃場という断崖を多くの野猿が餌場や遊び場としていた。
山中へ入った村人が、ある日、猿たちが集まり騒いでいるのを不思議に思い、近寄って見ると、そこには小さな穴があいていた。
その穴を猿が取り巻いていたことから庚申の穴と呼ぶようになり、鍾乳洞が発見された。
それから数百年、洞窟を探索した者もいたが、洞内はあまりにも大きく複雑であったため、成功した者はいなかったと言われている。
そして約400年前、中興開山上人の僧が初めて最奥部まで足を踏み入れ、この洞窟を世に広め、二つとない複雑な鍾乳洞から「不二洞」の名が付いたと言われている。
洞内の総延長は約2200メートル、関東一の規模を誇る「不二洞」は、大石柱のそそり立つ大殿堂や、やっとくぐりぬけるような小さな支洞が無数にあり、光に照らし出される奇観をくぐり抜ける、上野村の観光名所である。
[不二洞]
Posted by Fuji-Do Rock Fes. 2013 at 14:02│Comments(0)
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